弁護士くろさんの雑記ブログ

受験時代に作成した演習書の解答例と司法試験の憲法の答案例をアップします。

令和元年司法試験憲法の解答例

今回は、令和元年司法試験憲法の解答例を記載しました。

令和元年司法試験の憲法は、判例を起点にした判断枠組みを設定することは難しい問題でした。しかし、グーグル決定、在外国民選挙権訴訟判決、北方ジャーナル事件など、憲法の価値を述べている判例を参考に、判断枠組みを設定することは可能です。

判例の読み方を勉強するためには、以下の書籍がおすすめですので、試してみてください。

第1 立法措置①

1 法案6条は、虚偽表現を流布する自由(憲法21条1項)を侵害し違憲ではないか。

(1)「表現」とは、思想や意見を表明することをいう立場がある。これによると、事実の摘示は「表現」として保障されないと主張することが考えられる。

 しかし、表現は、一般に、言論を通じて自己の人格的価値の発展に資する自己実現の価値と言論を通じて民主主義社会の維持発展にかかわる自己統治の価値を有する重要な権利である。思想や意見を含むあらゆる情報を発信・受領するときには、自己実現・自己統治の価値を有するから、「表現」の保障範囲に含めるべきである。

 「虚偽表現」(法案2条1号)とは、虚偽の事実を真実であるものとして摘示する表現をいうところ、虚偽の事実という情報を発信する行為であるから、「表現」にあたる。したがって、虚偽表現を流布する自由は、表現の自由憲法21条1項)として保障される。

(2)法案6条は、「虚偽表現を流布」することを禁止するため、虚偽表現する自由を制約する。

(3)法案6条は、「公共の利害に関する事実」という限定以外には、限定を付さない。法案2条1号は、虚偽表現の定義を置き、「虚偽の事実」を対象としているところ、「虚偽の事実」という要件は、過度広汎であり違憲ではないか。

 法令の文言が不明確であると、表現の自由が不当に制限され、国民が規定の適用をおそれて本来自由に行いうる表現行為をも差し控えるという効果が生じる。また、法案25条は法案6条違反の場合に罰則を科しており、虚偽表現の流布が、犯罪の構成要件となっているから、適用者にとって、特定の行為が犯罪の構成要件に刑罰に当たるかを恣意的に判断ができてしまう。そのため、規定の文言の明確性が求められる。

 これに対して、法令の趣旨目的と規制される自由の重要性から合憲限定解釈できるときは、法令違憲の判断をすべきでないとの反論が想定される。しかし、「虚偽の事実」かどうかは、政治的・学問的に争いがある事実なども含まれてしまうため、対抗言論によって真理に到達することを妨げる。そのため、規制の対象とそうでないものを明確に区別することはできないから、合憲限定解釈できない。

 したがって、法案6条は、違憲である。

(4)仮に、法案6条に文面上の違法がないとしても、虚偽表現を流布する自由は、「公共の福祉」(13条後段)による制約を受ける。

 ア 1で述べた通り、「表現」は、自己実現・自己統治の価値を有するのが一般的である。しかし、虚偽表現の流布は、虚偽の事実を真実であるものとして摘示する表現である(法案2条1号)。そのため、社会的混乱を生じさせる表現であるから、民主主義の発展を妨げ、自己統治の価値が低いとの反論が想定される。

 もっとも、虚偽の事実であるかどうかは、一義的には明らかでなく、自由闊達な言論を通じてその事実が真理に到達する機会を与えるべきであるから、社会的に意義がある。したがって、虚偽表現を流布する自由は、自己統治の価値が高い重要な権利である。

 イ 法案6条は、「公共の利害に関する事実について」の虚偽表現という内容に着目した禁止を求めている。このような表現内容規制は、人格の発展に反するし、思想の自由市場を歪めるおそれが大きい。したがって、重要な権利である虚偽表現を流布する自由に対する強い規制である。

(5)以上より、法案2条1号、6条、25条の合憲性は、厳格に判断すべきであり、やむにやまれぬ利益のための必要不可欠かつ必要最小限の規制に限り合憲となる

 ア 20XX年、我が国において、甲県の化学工場の爆発事故の際に、虚偽のニュースがSNS上で流布され、複数の県において、飲料水を求めてスーパーマーケットその他の店舗に住民が殺到して大きな混乱を招くことになったという事件がある。法案は、この事件を踏まえて、虚偽の表現により社会的混乱が生じることを防止するという目的(法案1条)を置いている。この目的は、一般的な公益であるため、やむにやまれぬ利益とまではいえない。

 イ 法案6条は、虚偽の表現を流布することを一般的に禁止するものである。仮に目的がやむにやまれぬとすれば、これによって、フェイクニュースによって生じる社会的混乱を防止することができるから、手段の合理性が認められる。また、このような規定は、刑法や公職選挙法にはないから、罰則をもって規制する必要性がある。

2 よって、法案6条は、憲法21条1項に反し違憲であるとの意見を述べる。

第2 立法措置②について

1 法案9条は、SNS事業者のSNSを提供する自由(憲法21条1項)を侵害し違憲ではないか。

(1)「表現」とは、思想や意見を含むあらゆる情報を発信・受領することをいう。SNSを提供することは、登録者の情報発信のプラットフォームの作成・運営であるため、SNS事業者が主体的に情報の発信・受領を行うわけではないとの反論が想定される。

 しかし、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たすから、SNSの提供は、民主主義の維持・発展に資する(グーグル決定)。したがって、SNSを提供する自由は、表現の自由憲法21条1項)として保障されるべきである。

(2)法案9条1項は、特定虚偽表現の削除義務を規定しているから、SNS事業者のSNSの提供に国家が介入するものであり、SNSを提供する自由に対する制約が認められる。

(3)もっとも、SNSを提供する自由も絶対無制約ではなく、「公共の福祉」(13条後段)による制約を受ける。

 ア 「特定虚偽表現」は、「選挙の公正が著しく害するおそれがあること」を要件とする(法案9条1項2号)ため、選挙に関する表現を規制することになる。選挙は、議会制民主主義の根幹をなすもの(在外国民選挙権訴訟判決)であり、選挙に関する表現は、人格的価値を発展させ、政治的な意思決定に関与することを可能にするから重要な権利である。

 イ 法案9条1項は、各号のいずれにもあたる表現があることを知ったときに、削除義務を求める規定であるから、内容に着目した規制である。

 これに対しては、「選挙運動の期間中及び選挙の当日」という時に着目した規制であり、他の手段での表現は可能であるから、思想の自由市場思想の自由市場を歪めるおそれは小さいとの主張が考えられる。

 しかし、規制の対象となる「SNS事業者」(法案2条3号)は、利用登録者が200万人を超える。そのため、200万人以上の利用登録者に対する発信を可能にするため、SNSは、重要な権利である特定虚偽表現のための有効な空間として役立つ(大分県屋外広告物条例事件伊藤補足意見、吉祥寺駅構内ビラ配布事件伊藤補足意見)。そうすると、SNSでの特定虚偽表現に勝る有効な表現は考え難いから、削除義務が思想の自由市場を歪めるおそれは大きい。

 したがって、重要な権利であるSNSを提供する自由に対する強度な制約である。

(4)以上より、法案9条1項の合憲性は、厳格に判断すべきであり、やむにやまれぬ利益のための必要不可欠かつ必要最小限の規制に限り合憲となる。

 ア 過去に外国の重要な選挙に際して、意図的なフェイクニュースの作成・配信が選挙結果を左右したという研究や報道がなされており、乙県知事選挙の際に、虚偽のニュースがSNS上で流布され、現職知事である候補者が落選したことから、選挙の公正が害されたのではないかの議論が生じた。これらの事実の真実性は明らかではないが、相当の蓋然性をもって選挙の公正を害したと認められる。そこで、法案は、選挙の公正を確保することを目的としている(法案1条)。選挙の公正を確保することは、憲法上の要請であり、やむにやまれぬ利益といえる(在外国民選挙権訴訟判決)。

 イ 法案9条は、SNS事業者に削除義務を課すから、特定虚偽表現によって、選挙の公正を保護することができる。そのため、必要不可欠な規制といえる。また、「選挙運動の期間中及び選挙の当日」に期間を絞って削除を求めている。これは、選挙期間中に虚偽表現がされた場合は、期間内に言論による回復が困難であることを理由とする(北方ジャーナル事件)。法案9条は特定虚偽表現の削除義務の要件は、虚偽表現であることが「明白」であり、かつ、選挙の公正が「著しく」害されるおそれがあることが「明白」と厳格な要件となっていることから、恣意的な判断になるおそれが小さい。

 また、削除義務に従わない場合は、削除命令があり(法案9条2項)、削除命令に従わない場合は、罰則が科される(法案26条)。選挙の公正を確保することとの均衡からすると、直罰をとらず、間接罰によって、実効性を確保することは必要不可欠な規制といえる。

(5)したがって、必要不可欠かつ必要最小限の規制といえるから、法案9条1項は合憲であるとの意見を述べる。

2 行政手続法を適用除外とする法案20条は、適正手続を保障する憲法31条に反し違憲ではないか。

(1)憲法31条は、「法律の定める手続によらなければ…刑罰を科されない」と規定するのみであるが、それが不適正な内容であれば、実体的権利の保障は図れない。

 そこで、31条によって、適正手続が保障される。

(2)法案20条は、行政手続法を適用除外とするから、適正手続の保障に欠けるとの主張が考えられるが、これに対しては、告知・聴聞の手続までは不要であり、31条に反しないとの反論が想定される。

(3)行政手続であることのみを理由に憲法31条の適用を排除すべきではない。もっとも、行政手続は、刑事手続と性質に差異があり、行政目的に応じて多種多様である。

 そこで、①手続の構造等を踏まえ、②処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して、事前手続を排除することが不合理であるときは違憲となる(川崎民商事件、成田新法事件)。

 法案9条2項に基づく削除命令は、両議院の関与の下に成る、委員会(法案15条1項)がつかさどる(法案16条3号)から、選挙の専門家によって、手続保障は存在する。法案26条は、削除命令違反の罰則を定めているが、削除命令を受け、従わなければ罰則を受けることはないという段階的な規制をとり、SNS事業者にとっては、削除命令を受けた時点で、法案9条に反することを理解でき、罰則を回避することができる。

 法案9条は特定虚偽表現の削除義務の要件は、虚偽表現であることが「明白」であり、かつ、選挙の公正が「著しく」害されるおそれがあることが「明白」と厳格な要件となっていることから、恣意的な判断になるおそれが小さい。そして、また、法案13条は、削除命令によってSNS事業者が表現を削除した場合に当該表現の発信者に生じた損害の免責が規定されていることから、SNS事業者にとっては運営上の支障は小さい。

 さらに、反対利益は選挙の公正を確保することにあるところ、選挙運動の期間中及び選挙の当日に虚偽表現がされたとすれば、有権者にとってその期間中に対抗言論によって虚偽と理解されることは難しい。そのため、できるだけ早く、虚偽表現を人目に触れなくする必要があるから、行政処分の緊急性が高い。

 したがって、SNS事業者に対する行政手続法の適用除外を規定することも不合理とはいえないから、行政処分の相手方に行政手続法上の事前手続は保障されない。

3 よって、法案20条は合憲である。