弁護士くろさんの雑記ブログ

受験時代に作成した演習書の解答例と司法試験の憲法の答案例をアップします。

事例から行政法を考える事例③ 解答例

 

第1 設問1

1 Y県教育委員会は、地方公務員法(以下「法」という。)29条1項1号、3号に基づきXを懲戒免職処分としている。

2 法29条1項1号は、「この法律に違反した場合」を定めており、本件では、法33条違反が考えられるところ、法33条は、「その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為」を禁止するという抽象的な文言を定めている。法29条1項3号は、「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」という抽象的な文言を定めている。そして、法29条1項柱書は、懲戒処分として「戒告、減給、停職又は免職」の選択肢を示している。

 そのため、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定すべきであるから、Y県教育委員会には、懲戒処分について、要件裁量と効果裁量が認められる[1]

 そこで、重要な事実の基礎を欠くことになる場合、又は、その内容が社会観念に照らし著しく妥当性を欠くことになる場合に限り、裁量権の逸脱濫用として違法となる(行訴法30条)[2]

3 Y県教育委員会は、教職員に対して「『懲戒処分等の指針』の一部改正について」という通達を出している(以下「本件通達」という。)ところ、本件通達の性質は、裁量基準であり、処分基準(行手法12条1項)である。

(1)本件通達は、酒気帯び運転をした職員は原則として免職とすることを定めている。Xは、この規定は、合理性を有しないから、合理性を有しない本件通達に従った懲戒処分は違法であると主張する。

 平成18年8月にH市の職員の飲酒運転によって幼い子供3人が死亡する交通事故が発生したことから、「懲戒処分等の指針」を改正して、飲酒運転を理由とする懲戒処分の内容を厳格化している。もっとも、改正前の第3の4(2)を適用することによっても、人を死亡させた場合に免職とすることはできるから、一律に免職とする本件通達には合理性はない。

(2)本件通達は、「例えば飲酒後相当の時間経過後に運転した場合には3月以上の停職とすること」が記載されている。

 Xは、平成28年1月10日20時00分頃から23時30分頃まで飲酒し、翌11日午前7時すぎに自己が所有する車両を運転している。そのため、飲酒後7時間以上経過しているから、「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合」にあたる。しかし、Xは本件通達と異なる免職処分がされている。

 裁量基準は、行政庁の処分の妥当性を確保するためのものだから、処分が裁量基準に従わないとしても、原則として、当不当の問題であって、当然に違法とならない[3]

 もっとも、公表された基準と異なる取扱いをするならば、平等原則や信頼保護の原則の観点から、行政庁として合理的根拠が必要である。そこで、合理的な根拠なく裁量基準と異なる取扱いをすることは裁量権の逸脱濫用として違法である[4]

 ア Xは、道路交通法65条1項に違反した行為を行ったことにより、90日間の免許停止処分(道路交通法103条1項)と罰金30万円の略式命令(道路交通法117条の2の2第3号)を受けている。Y県教育委員会酒気帯び運転の根絶に向けての取組み等を幾度となく行っている状況にあるにもかかわらず、Xが酒気帯び運転を行ったことは、生徒に範を示す立場にある教師としてあるまじき行為であり、教育現場に及ぼす影響は、極めて多く、教育への信頼を著しく失墜させたといえる。したがって、Y側は、裁量基準に従わない合理的根拠があると主張する。

 イ 「懲戒処分等の指針」は、かなり以前から公表しており、本件通達は、教職員に対して出されている。そのため、本件通達に従った処分がされることに対する信頼が生じている。Xは、これまでに懲戒処分を受けたことはないし、不祥事を起こしたこともない。また、Xは、人身事故や物損を起こしたわけでもないから、本件通達に従わない合理的根拠はない。そのため、Y県教育委員会が飲酒運転の根絶に向けて取組みを行っていることのみを本件通達に従わない免職処分をすることの理由とすることは、信頼保護原則に反する。したがって、裁量権の逸脱濫用に当たり、違法である。

第2 設問2

1 取消訴訟における違法性の判断基準時は、処分時である。Xの飲酒量に関する主張が不自然に変化していることは、処分後の事情であるため、違法主張は許されないとの主張が考えられる。

 もっとも、処分時からXの飲酒量に関する主張が不自然に変化していることは、Xが自らの酒気帯び運転を反省していないことの証拠となるため、本件懲戒処分の理由として追加することは、違法性の基準時に照らして妨げられることにはならない。

2 Y側の主張は、処分理由の追加である。取消訴訟の訴訟物は、処分の違法性一般であるから、訴訟物についての攻撃防御を許すことが訴訟経済に適う。

 そこで、処分の同一性が失われない限り、処分理由の追加的・交換的変更は許される。

 法29条1項1号、3号にあたるし、効果裁量を基礎づける理由の追加にすぎないから、処分の同一性は認められる。

 もっとも、行手法14条1項は、不利益処分をする場合に理由の提示を義務付けている。その趣旨は、行政庁の恣意的な判断を抑制することと不風申立ての便宜にある。そのため、理由提示の趣旨を損ない、原告に不利益を与えるときは、信義則上理由の差替えを制限すべきである。

 Yは、Xの酒気帯び運転に替えて別の非違行為を理由とするわけではなく、同一の酒気帯び運転について、反省していないという心理状態の変化を処分の理由として追加している。そのため、行政庁の恣意的な判断のおそれは小さいし、また、法49条1項は、説明書の交付を義務付けているから、この理由に加えて新たな理由を追加しているから、不服申し立ての便宜を害しない。

3 よって、理由の追加は許される。

 

 

[1] 神戸税関事件(最判昭和52・12・20民集31巻7号1101頁)。

[2] 小田急訴訟(最判平成18・11・2民集60巻9号3249頁)。

[3] マクリーン事件最大判昭和53・10・4民集32巻7号1223頁)。

[4] 北海道パチンコ店営業停止命令事件(最判平成27・3・3民集69巻2号143頁)。