弁護士くろさんの雑記ブログ

受験時代に作成した演習書の解答例と司法試験の憲法の答案例をアップします。

事例で考える会社法事例① 解答例

今回は、事例で考える会社法の事例①の解答例を記載しました。

 

 

第1 Aの責任

 Aは、乙社に対し、429条1項に基づく損害賠償責任を負うか。

 429条1項は、会社が経済社会において重要な地位を占め、会社の活動は取締役の職務執行に依存するものであるから、取締役の義務違反による損害から第三者を保護するための法定責任である。

 そこで、取締役の会社に対する職務懈怠についての悪意・重過失を主張・立証することによって、429条1項の損賠賠償責任が認められる。

1 設問(1)

 ア 取締役は、会社に対して善管注意義務(330条・民法644条)として、会社に損害を被らせないように業務執行を行う義務を負っている。

 Aは、乙社に代金を支払うことができると考え、本件取引に入った。そのため、Aの行為によって、乙社は直接損害を被ったといえる。本件取引の時点において、既に甲社は実質的に債務超過であったから、Aが本件取引に入った行為は、甲社に損害を被らせないとも思われる。

 もっとも、会社が債務超過またはそれに近い状態にあり、第三者に損害を及ぼしかねない状況下においては、会社債権者の損害拡大を阻止するため、取締役には会社の状況を把握し、再建可能性・倒産処理等を検討すべき義務を負う。

 α年5月25日の時点において、既に甲社は実質的債務超過であり、客観的に倒産寸前の状態にあり、同年8月中旬に満期が到来する手形につき2回目の不渡りを出すことが確実であった。そのため、Aは、再建可能性・倒産処理等を検討しないで本件取引に入ったことは、善管注意義務違反となる。

 Aの立場にある通常の経済人の判断力をもってすれば、同年8月末日に代金が支払えないどころか、事業が継続していないことも明らかであったから、Aには重大な過失が認められる。

 したがって、「職務を行うについて悪意または重大な過失」がある。

 イ Aの行為によって、乙社は、布地の代金500万円の支払を受けられない「損害」が生じている。

 ウ よって、Aは、乙社に対し、500万円の損害賠償責任を負う。

2 設問(2)

 ア 取締役は、会社に対して善管注意義務(330条・民法644条)として、会社に損害を被らせないように業務執行を行う義務を負っている。

 もっとも、企業経営はリスクを伴い会社を発展させるものであるから、経営判断の結果の責任を追及することによる企業経営の萎縮を避けるべきである。また、株主は、取締役に企業の経営を委任しているから、経営の萎縮は株主の期待に反する。

 そこで、行為当時の状況に照らして経営判断の決定過程(情報収集)・内容に著しく不合理であるときに限り、取締役の善管注意義務違反が認められる。

 α年春頃から徐々に経済情勢の暗転の兆しが見えており、Aと同様のデリバティブ取引をしていた投資家の大半は早期に手仕舞いをしていた。それにもかかわらず、Aは手仕舞いをするどころか、同年6月には損失を埋め合わせようと会社の運転資金を投入して投資額を増やしたため、ますます損失が膨らんだ。そのため、会社の運転資金をデリバティブ取引に投入したAの判断は、著しく不合理といえる。

 したがって、善管注意義務に違反するから、「職務を行うについて悪意又は重過失」がある。

 イ このことが原因となって、甲社の資金繰りが悪化し、同年8月中旬に手形の2回目の不渡りを出した。その結果、乙社は、布地の代金500万円の支払を受けられない間接損害が生じている。

 ウ よって、Aは、乙社に対し、500万円の損害賠償責任を負う。

3 設問(3)

 ア Aの「悪意又は重大な過失」が認められるかは、設問(2)と同様の判断枠組みで判断する。

 財務部長であるCは、甲社の財務状態に鑑み、経営の見直しをすべきであると建議した。Cは、①から④の選択肢を提示しているが、いずれかの選択肢が採用された場合においても、乙社と本件取引に入ることはなかった。しかし、Aは、Cの提案を検討することはせず、⑤新製品の投入という事業拡張により、危機を乗り越えようと考え、本件取引により、新製品の素材となる布地を乙社から仕入れることにした。

 Aは、Cの提案を検討しなかった点で、判断過程が著しく不合理であるから、善管注意義務に違反する。

 したがって、Aは、「職務を行うについて悪意又は重過失」がある。

 イ 甲社は、新商品を発売してみたものの、はっきりとした経営見通しもなかったことから、甲社の資金繰りはますます悪化し、同年8月中旬には手形の2回目の不渡りを出した。その結果、乙社は、布地の代金500万円の支払を受けられない間接損害が生じている。

 ウ よって、Aは、乙社に対し、500万円の損害賠償責任を負う。

第2 Bの責任

1 Bは、乙社に対し、429条1項に基づく損害賠償責任を負うか。

2 Bは、甲社のワンマン社長であるAから取締役としての業務執行を依頼されたにすぎなかった。そのため、「職務を行うについて悪意又は重過失」はないのではないか。

 名目取締役であっても、適法に選任手続を経ているし、取締役の職務を果たせないならば辞任すべきである。そのため、名目取締役は取締役としての義務を負う。

 本件で、Bは、株主総会の選任手続を経ているから、取締役としての義務を負う余地がある。

 取締役会設置会社の取締役は、取締役会が取締役の職務の執行を監督する地位にある(362条2項2号)から、取締役会の構成員として、取締役会を通じて他の取締役や従業員を監督する義務を負う。

 Bは、取締役としての業務を一切行っていない。そして、2回目の手形の不渡りが発生するまで、本件取引のことも全く知らなかった。そのため、普段から果たすべき職責を果たしていないといえるから、監視義務が認められる。

 したがって、「職務を行うについて悪意又は重過失」が認められる。

3 もっとも、取締役としての業務は一切行っておらず、報酬も受け取っていない。また、Aは甲社のワンマン社長であった。そのため、Bが取締役会に報告したとしても、手形の不渡りの発生を防止できたとは思えない。

 したがって、Bの行為と乙社の「損害」との間の因果関係が認められない。

4 よって、Bは、乙社に対し損害賠償責任を負わない。